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水戸地方裁判所 昭和31年(行)9号 判決

原告 波多孝平

被告 結城市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年十一月三十日別紙目録記載の不動産についてなした随意契約による売却処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は結城市に対し金二十二万四千六百五十円の滞納税金があつたところ、被告結城市長は右税金についての滞納処分として原告所有の別紙目録記載の不動産の差押をなし、これを換価するために公売に付することになり、昭和三十年十一月十七日に公売期日を同月二十八日午前十時公売の場所を結城市役所として公告した。

被告市長は十一月二十八日午前十時の公売期日を開かずに延期したが、右公売期日の二日後である同月三十日に、訴外吉田市太郎に対し、随意契約により、本件不動産を金百十万円で売却して換価処分を了した。原告は同年十二月二十一日被告市長に対し右処分について異議の申立をなしたが昭和三十一年一月十二日に異議棄却の決定がなされた。

(二)  しかし右随意契約による売却処分は次の理由により違法な行政処分である。即ち、

(1) 被告市長の方では、公売に付したが買受人がなかつたため国税徴収法第二十五条第二項に基き随意契約により本件売却処分をしたと称しているが十一月二十八日午前十時の公売期日は全然開かれずに延期されたものであるから、前記国税徴収法第二十五条第二項の公売に付するも買受人なき場合に該当しない。従つて本件随意契約はそれをなしうる前提を欠いており違法といわなければならない。

(2) 随意契約をするについては、それをなす旨及びその日時場所等を公告すべきであるのに拘らず、該公告手続をしないでなした本件売却処分はこの点においても違法である。

(3) 仮りに右(1)及び(2)の点が理由のないものとしても、本件不動産は時価の三分の一相当という著しい廉価である金百十万円で随意契約により売却されたものであるから、本件売却処分が違法なことは明らかである。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)の事実は、十一月二十八日の公売期日が開かれなかつたとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。

(二)(1)  原告主張の(1)の事実は否認する。

十一月二十八日午前十時の公売期日は開かれたが、その開札時間迄に入札希望者として出頭する者がなかつたので、公売担当官は同日の公売期日を閉じたのである。そこで公売に付するも買受人なき場合として随意契約により売却し得ることとなつたわけである。

(2)  原告主張の(2)については、その主張の公告は法律上要求されていないのでこの点については原告の主張自体失当である。しかし被告としては念のために本件随意契約の公告を十一月二十八日になしたものである。

(3)  原告主張の(3)については、金百十万円はその主張のような廉い価格ではない。本件の不動産については時価相当の見積価格を算出し、その価格以上に売却したものであつて、この点については何等違法は存しない。

第三、立証〈省略〉

理由

原告主張の請求原因(一)の事実(十一月二十八日の公売期日は開かれなかつたとの点を除く)については当事者間に争がない。

そこで原告において本件随意契約による売却処分が違法であると主張する点について順次に判断する。

(二)の(1)について、成立に争のない乙第五号証の一乃至五・同号証の十の一、二・第六号証及び証人田中資八(第一、二回・但し第一回のうち後記措信しない部分を除く)同添野豊太郎(第一、二回)・同石堀武三の各証言を綜合すれば、前記昭和三十年十一月二十八日には既に公売期日として公告されていた同日午前十時までに結城市役所においては各受付窓口には当日公売のあることが連絡され、宿直室が入札場所として準備されていたこと、当日税務課長田中資八は宗道村に出張のため自ら公売の執行ができないので、午前八時三十分頃市役所において公売の執行担当吏である同課固定資産税係添野豊太郎によく公売の件を依頼して出張したこと、添野吏員は田中課長より預けられた入札書、入札心得書、見積書その他の関係書類を用意し税務課に在席して入札希望者の来るのを待つていたこと、株式会社常陽銀行(原告所有の公売物件に根抵当権を設定してある優先債権者)より同結城支店貸付係主任兼支店長代理石堀武三が午前九時頃該公売の利害関係人として税務課に来て午後三時頃まで添野吏員の処にいたこと、開札時間として予定されていた午後一時を過ぎても入札希望者は一人として来る者がなかつたので添野吏員は午後三時頃公売期日を閉鎖してその旨を助役に口頭で報告したが、さらに午後四時頃田中課長が帰庁したのでその旨を報告し、田中課長は当日の公売期日は「入札人なきため公売に至らなかつた」旨の報告書(乙第六号証)を作成して被告市長に提出した事実が認められる。(証人田中資八の第一回証言中、同人は正午頃帰庁して税務課にいて公売期日に立会つた旨の供述部分は措信しない。)してみれば十一月二十八日の公売期日は開かれたが当日は結局入札人がないために公売されずに閉鎖されたものといわなければならない。

証人中三川芳雄の証言中には、自分は原告より田沼徳次及び浅野彦四郎を介して十一月二十八日の公売期日の延期方を依頼されたので、同月二十六日結城市役所に田中課長を訪ね右公売期日の当日迄に原告が金策をして市役所に来るので公売期日を延期してほしいと頼んだところ、同人は延期するとは明言しなかつたが、同人の口吻や態度からみて当日迄に原告が金策をしてくれば延期されるものと思われたので公売期日の延期が諒解されたものとして帰宅した旨の供述があるけれども、田中課長に右のような交渉をしたとの点については証人田中資八の、同人は二十六日に中三川の訪問を受けたことも延期の件を頼まれたこともない旨の証言に対比して措信し得ない。(なお証人田中資八の証言(第一、二回)及び同証言(第二回)によりその成立を認めうる乙第十四号証によれば、右十一月二十六日に中三川芳雄は市役所において税務課書記磯彌之助に面会し「原告の公売のことはどうにかならないか、田沼が原告を連れてくるため東京に行つた」旨述べたが磯書記は延期の点については何も確答せずに分れ、たゞ中三川よりそのような話のあつたことを同日田中課長に伝えたことがあるにすぎないことが認められる。)

また証人田沼徳次は、同人は十一月二十七日に公売延期方を依頼しておいた中三川から同月二十八日の公売期日が延期になつたことを告げられたのでその旨を原告に知らせたと証言しており、原告本人の供述中にもこれに照応する部分があり、かゝる事実を仮りに肯認しうるとしても、中三川芳雄の公売延期方の交渉については前記認定のとおりであるので、右供述部分は公売期日が延期になつたことを認める資料となり得ないのは当然である。

証人中三川芳雄、同渡辺仁三郎の各証言中には、十一月二十八日の公売期日当日市役所の税務課において、中三川芳雄は添野豊太郎及び磯彌之助より、渡辺仁三郎は添野よりそれぞれ「本日は課長が留守のために公売はしない」旨聞いたとの供述があるけれども、右供述部分は、証人添野豊太郎(第二回)・同石堀武三の証言により認められる当日中三川も渡辺も税務課の添野吏員の処に来たことがないとの事実及び証人添野の証言(第二回)並びに前記乙第十四号証及び証人田中資八の証言によりその成立を認めうる乙第十五号証の一、二・第十六号証の一・同号証の二の一乃至六十三によつて認定することのできる、二十八日には磯彌之助は結城市上山川に徴税のため出張して税務課には不在であつたとの事実に徴して到底措信できない。

さらに前記証人田沼徳次・同中三川芳雄・同渡辺仁三郎の証言中、同人等は十一月三十日の売却処分がなされた後に、市役所に田中課長を訪ね右売却処分の件について交渉した際に、同課長は同人等に対し十一月二十八日の公売期日は開かれなかつたと言明し、同人等の要求によりその旨の証明書がさらにその後田中課長より渡辺仁三郎に手渡されたとの供述部分は、右事実を否定する田中証人の証言(第一、二回)及び十一月二十八日の公売期日の経過に関する前記認定の事実並びに右証明書を原告において提出しない事情等に対照して措信し得ない。(なお、証人田中の証言及びそれにより成立を認めうる乙第十三号証の一、二によれば「原告所有の瓦斯タンク一個及びコンプレツサーが十一月三十日に公売処分になつた」旨の原告名義の証明願を渡辺仁三郎が書いてきたがそれに被告市長名義で証明が与えられたことが認められるのであるが、この証明書のことを前記田沼、中三川、渡辺の各証人等は同人等の証言中の証明書であるとして供述しているのではないかということが窺われるのである。)

以上認定のとおりであるので、十一月二十八日の公売期日は適法に開始されたが買受人がないため閉鎖されたものであり、従つて十一月三十日になされた本件随意契約はそれをなすべき前提要件を欠いているとは認められず、この点に関する原告の主張は採用することができない。

(二)の(2)の点について、国税徴収法第二十五条の随意契約による売却手続について公告の手続が必要であるか否かについて考察するに、随意契約による売却手続については公売手続と異り右の点に関し別段何らの規定も存しない。ところで随意契約をなし得る場合は特に前提要件が右第二十五条に規定されており、(なお公益上の必要があるときに随意契約により得ることについては同法第二十四条に規定が存する)これらの前提要件の存する場合にはじめて随意契約による売却をなし得るのであるが、元来随意契約を認めたのは換価処分の迅速、経費の節約という観点からであるので、そのためにこの手続は公売における手続の厳格性の拘束をなくして、収税官吏において任意による売却または適当と認める相手方を定め、これと価格を協定して(尤もその価格は見積価格以上であることを要する)売買契約を締結しうるものとしたのである。従つて随意契約についてはその公告について何等の規定が存しない以上、公売における公告に関する規定(国税徴収法施行規則第十九条)の準用はないものと解するのが相当である。してみれば本件随意契約はその公告を欠いている故に違法であるとの原告の主張はその公告の事実の有無を判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

(二)の(3)について、百十万円の売却価格で本件随意契約がなされたことは当事者間に争がない。(原告は別紙目録記載の土地・建物を売却の対象として主張しているが、成立に争のない乙第五号証の七、前記第十三号証の一、二及び証人田中、同添野の各証言(第二回)によれば、原告主張の土地所在の瓦斯タンク及び一馬力付エアコンプレツサー各一個は土地の定着物として土地建物と一括して売却処分の対象となつたことが認められ、金百十万円というのはこの定着物をも含めた売却価格である。)原告本人は売却された土地建物だけで五百万円の価値があつた旨供述しているが、これは後記の証拠と対比して措信しがたいし、証人渡辺仁三郎の証言中、百十万円というのは廉価すぎるとの部分があるけれども、証人吉田市太郎の証言によれば渡辺は本件売却処分後吉田に対し「本件土地家屋は八十万円位で買えたのではないか」と述べている事実が認められ、前記渡辺証人の証言は前記価格が不当に廉価であることを認むべき資料とするに足らず、他に本件の売却価格が時価の三分の一に相当する著しい廉価であると認めうる何等の証拠も存在しない。

却つて成立に争のない乙第五号証の六及び証人田中資八の証言によれば、同人は売却処分の対象となつた宅地については該土地一帯の地価等に精通している者の時価坪当り六百円乃至千円という意見を参考としてその平均をとつて坪八百三十円、計八十三万四千円と見積価格を算定し、建物については全部バラツク建築で工場、事務所、倉庫の大部分は空家で腐朽が甚しく、建物の一部には十余世帯が居住しているが殆んど住居としての価値がないので、(この点について証人吉田市太郎は、家屋は材料が古く屋根のない所が多いので買受人たる同人は三棟を残してその余は取毀し、三棟のうち二棟は七十五万円をかけて改造して従前の居住者を住まわしているとの照応する証言がある)固定資産評価額の半分として計二十五万六千円と見積価格を算定したことが認められ、さらに前記乙第五号証の七によればエアコンプレツサーは七千円、瓦斯タンクは三千円と見積つたことが認められる。そこで見積価格の総額は百十万円であるので、売却価格はそれと同額であつたわけである。そして証人添野・同吉田・同石堀の各証言によれば右の売却価格は時価に比し廉価なものではなかつたことが認められるのである。従つて(二)の(3)の原告の主張もまた採用することができない。

以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がないものであるから、原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 藤原康志)

(別紙省略)

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